共謀罪と治安維持法、二つの答弁 為政者が恐怖に苛まれると…


 むろん、政府はこう言う。
「一般人が対象になることはまったくない。アルカイダや暴力団など、犯罪を実行するための組織だけが対象」(杉浦法相の国会答弁)
 だが81年前、治安維持法案を説明した若槻礼次郎内相も同じことを言った。
「最も国家社会に害毒のある者を取締らうと云ふのであります。(中略)思想の上に於て何等抵触することの無い事柄と信じて居ります」
 その後、日本がどんな道をたどったかは歴史が証明している。精神的に窒息させられる社会を選ぶのか。ニッポンは今、重大な岐路に立たされている。
(『サンデー毎日』2006年5月21日号「共謀罪が招く「窒息社会」 平成の治安維持法」日下部聡(この記事はネットで読めます。リンク先参照))


第164回通常国会-衆議院法務委員会-20号 2005年[平成18年]04月25日(抄)
第50回帝國議會-衆議院本会議-15号 1925年[大正14年]02月19日(抄)

 共謀罪創設などを内容とした、犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案は、まずは今国会での成立は無くなりました。(『毎日新聞』6月3日号「共謀罪:自公両党、継続審議へ 民主が逆に態度を硬化させ」)

 他に問題のある法案も多く、とても安心したとは言えませんが、共謀罪についてはひとまず危機を乗り越えました。麻生氏の国際条約云々にも突っ込みたいのですが、今回の話題は、冒頭に引用した『サンデー毎日』2006年5月21日号に引用された、共謀罪と治安維持法の政府側答弁についてです。

 私がこの記事を知ったのは、竹山徹朗氏のメールマガジン『PUBLICITY』(Blog版もあり、当該の記事は「法匪たちの春〜共謀罪と治安維持法との共通点」)です。早速とは行きませんでしたが、何とか雑誌も買うことが出来ました。
 竹山氏は言います。

治安維持法は「思想を取り締まる法律ではない」と、若槻は「信じていた」わけだ。なんと安っぽい薄っぺらい「信」!

2006年の法匪たちも「私たちは信じている」と訴え始めるのではないか。そうなったら、それは法律論を外れた感情論であり、しかし結局そこでニッポン人は、「まあ、信じてみよう」と、お門違いの「信」の便法に、“疑いもなく”ノってしまう。

 「政府を信じられないのか」「反対のための反対」「非国民」「反日左翼」といったお決まりの文句。法案の中身ではなく、自分は絶対に正しく、それに反対する者は絶対に悪いと決めつけるやり方。
 そう、中身は問題では無くなってしまうのです。だからこそ厄介ですし、手強い。
 人は恐怖に苛まれると、頭では分かっていてもバカなことをしてしまうものと言います。NHKの「ためしてガッテン」によると、いわゆる振り込み詐欺を頭では分かっているのに騙されてしまう人がいるのは、お金を振り込まなければ不安を鎮められなくしてしまうという心理を衝いた犯罪であるからだと。
 私は変人ですが、臆病者ですから、そうした心理については多少は理解しているつもりです。
 治安維持法を制定した加藤高明政権も、共謀罪制定を進めている小泉純一郎政権も、恐怖心が実質以上に先走っているように思います。だからこそ、人間を力で抑えつけようとしているのだと。

 さて、実は、確か4日前の6月6日になりますが、『サンデー毎日』編集部に、若槻氏の答弁は何月何日の国会でされたものかと質問しました。幸い当時の会議録を閲覧出来る図書館を知っているので、是非とも原文を確かめて置きたいと思ったからです。ところが回答は「済みません、わかりません。加藤高明内閣なのははっきりしていますが」。
 おいおい。記事を書くならそれくらいは把握しておいて下さいよ。いや、執筆者は把握していたでしょうが、こう云う所は編集部も把握していて欲しい。特にこういう記事は、どこから揚げ足を取られるか分からないのですから。
 「国会図書館で聞いてみては」とも言われましたが、治安維持法が1925[大正14]年に成立したことははっきりしているので(同年4月22日公布、同年5月12日に施行)、まずは自分で当たりをつけてみました。
 結論から言いますと、共謀罪法案の杉浦氏の答弁(「国会会議録検索システム」から検索出来ます)は2006[平成18]年4月25日の衆議院法務委員会
 治安維持法案の若槻氏の答弁は、1925年2月19日の衆議院本会議。(現在は未収録ですが、いずれ「帝国議会会議録検索システム」から検索出来る予定)

 治安維持法については、みすず書房の『現代史資料45 治安維持法』(奥平康弘解説)に会議録が抄録されていたため、意外とあっさり若槻氏の発言を突き止めることが出来ました。
 さらに正確を期すため、当時の官報号外に収録された会議録をそのままコピーした『帝國議會 衆議院議事速記録45 第五〇回議会上 大正一三年』(東京大学出版会。タイトルに騙されて当初大正一四年版を調べていましたが、実は一三年版に一四年の会議録が収録されていました)を参照しました。そこで、両者の発言内容を出来るだけ原文に忠実に引用します。ただし、強調はいずれも引用者です。

2006年4月25日、杉浦正健法務大臣の答弁

例えばアルカイダのように、国際的テロ犯罪をやっている明確な組織があります、テロが目的の。あるいは、国内ですと組織暴力団、これは特に、犯罪行為を暴力団を挙げてやる、組織を持って、実行部隊を持ってやるという組織もございます。あるいは、おれおれ詐欺、振り込め詐欺なんかも、あれは何人かが、五人、六人が詐欺をやるために結合して、役割分担を決めて、実に巧妙にだます、それを反復、繰り返して相当被害が出ているわけですが、それなども犯罪行為を実行するための組織と言っていいと思うんですね。
 ですから、そういうような犯罪行為を実行するための組織を持っていない、一般の会社ですとか労働組合ですとか市民団体に属する人が犯罪の共謀をしたとしても、共謀罪は成立いたしません。
(こちらについては、直接実際の肉声を聴くことが出来ます。「衆議院インターネット審議中継」で4/25、伊藤渉氏(公明)の23分20秒あたりからが当該箇所)

1925年2月19日、若槻禮次郎内務大臣の答弁

此法案ハ最モ極端ナル者ヲ取締ラウト云フノデアリマス、最モ國家社會ニ害毒ノアル者ヲ取締ラウト云フノデアリマス、其事柄ト新聞紙法ノ若干改正ヲ行フト云フコトハ、思想ノ上ニ於テ何等牴觸スルコトノ無イ事柄ト私ハ信ジテ居リマス

 杉浦氏の発言はやや散漫ですが、言っている内容は『サンデー毎日』が要約した通りです。
 一般の犯罪と違って、誰が「組織犯罪」か、「最も極端なる者」か。主観の入り込む余地が大いにあり、そしてそれは、止めどなく暴走します。…主観と恐怖心こそが法案の原動力であるゆえに。
 治安維持法は2度にわたる強化で逝く所まで逝った末、1945年の第二次世界大戦(アジア太平洋戦争)の敗北で、ようやくGHQによって廃止されました。しかし、『諸君!』などには治安維持法正当論が散見されるようになりました。それも結局、恐怖心ゆえです。
 恐怖によって人間を押し潰す社会ほどいやなものはありません。精神的にも、肉体的にも。
 だから私は、あくまでも反対するのです。

 以下、国会(及び帝國議會)会議録から、前後も含めてもう少し詳しく引用します。現在ネットで手軽に閲覧出来ない帝國議會会議録については、時間を見てさらに多くの内容を引用したいと思います。
 言論・表現の自由の問題のみならず、経済政策などについても今読んでも笑えない討論がされていたりします。

 ただし、帝國議會会議録の原文のカナは全てカタカナです。そのため、適宜ひらがなに改めました。また、コンピュータにない漢字は、代わりの略字に改めました。

第164回通常国会-衆議院法務委員会-20号 2005年[平成18年]04月25日(抄)

○伊藤(渉)委員 ここまでの議論の中で、本当に一般の方には少し難しい内容もあるので、この短時間ですべてを御理解いただくわけにはいかないとも思いますが、私としては、これまでの委員会の質疑を聞いてきて、今一般に言われているような御不安の点は払拭できたのではないかと思いますけれども、改めて大臣に伺います。
 今、新聞報道等では、例えば飲酒の席で、気に入らないから殴ってやろうとか、いや、殺した方がいいといった、意気投合して盛り上がったら、共謀罪によって逮捕されてしまうんじゃないか、冗談も言えないような社会になるといった懸念を持っている方、また、そういう報道が散見をされますけれども、そのような懸念に及ぶ必要がないことを明確に御答弁いただきたいと思います。
○杉浦国務大臣 そういう報道が散見されますので、正しく理解されていないなというふうに感じます。御指摘のような場合に、この法案の共謀罪が成立する余地は全くありません。全くありません。マスコミの方にもう少し正確に理解していただこうと思って、私も、記者会見で詳しく御説明したこともございますし、機会あるごとに申し上げておるわけですが、この審議を通じて、国民の皆さんにもっとしっかり説明させていただきたいというふうに思っております。  修正案提案者から詳しくお話があったとおり、この共謀罪は、重大かつ組織的な犯罪を実行することについて具体的かつ現実的な合意が必要でございますし、また、修正案は、特に厳格になりましたが、厳格な団体要件が求められております。犯罪組織と言えるような団体に限って対象となることがさらに明確に相なっております。
 ですから、私どもが典型的なそういう組織を挙げるとすれば、例えばアルカイダのように、国際的テロ犯罪をやっている明確な組織があります、テロが目的の。あるいは、国内ですと組織暴力団、これは特に、犯罪行為を暴力団を挙げてやる、組織を持って、実行部隊を持ってやるという組織もございます。あるいは、おれおれ詐欺、振り込め詐欺なんかも、あれは何人かが、五人、六人が詐欺をやるために結合して、役割分担を決めて、実に巧妙にだます、それを反復、繰り返して相当被害が出ているわけですが、それなども犯罪行為を実行するための組織と言っていいと思うんですね。
 ですから、そういうような犯罪行為を実行するための組織を持っていない、一般の会社ですとか労働組合ですとか市民団体に属する人が犯罪の共謀をしたとしても、共謀罪は成立いたしません。御心配は無用だというふうに思います。法務省としても、いろいろ御説明もし、ホームページにも載せましたり、この意義を皆さんに御理解いただけるようにさまざまな努力はいたしております。
 当委員会におきましても、実は七国会目なんですね。前回の特別国会では参考人質疑もやり、二十時間近い質疑をしていただいて、終結直前で、漆原先生初め、修正案の協議まで入って、採決まで行こうというような御努力もなさった経過もございます。二度廃案になっていますが、解散前の通常国会でも七時間ぐらい質疑が行われておるわけでございますので、相当国会の中では熟してきて、今度の修正案のような、この法律の適用を非常に明確にする修正をしていただいたということで、国民の皆さんにとっては、全く心配は要らない。
 特定の犯罪行為を実行する集団が重大な犯罪を企画したような場合のみ、しかも、具体的、現実的合意をした場合に限って適用されるものだ、心配は要らないというふうに御理解をいただきたいと思います。
(答弁の強調は引用者)

第50回帝國議會-衆議院本会議-15号 1925年[大正14年]02月19日(抄)

○作間耕逸君 議事日程變更に關する緊急動議を提出致します、即ち政府提出治安維持法案を此際特に上程して議題と爲し、其第一讀會を開き、先づ政府の趣旨辯明を聽き、續いて其審議を進められむことを望みます
○議長(粕谷義三君) 作間君の日程變更の動議に御異議ありませぬか
  〔「異議なし」「異議なし」と呼ふ者あり〕
○議長(粕谷義三君) 御異議なしと認めます、仍て日程は變更せられました、即ち茲に治安維持法案の第一讀会を開き、政府の趣旨辯明を求めます若槻内務大臣
   ――――・――――
 治安維持法案(政府提出)   第一讀會
  治安維持法案
   治安維持法
 第一條 國體若は政體を變革し又は私有財産制度を否認することを目的として結社を組織し又は情を知りて之に加入したる者は十年以下の懲役又は禁錮に處す
  前項の未遂罪は之を罰す
 第二條 前條第一項の目的を以て其の目的たる事項の實行に關し協議を為したるものは七年以下の懲役又は禁錮に處す
 第三條 第一條第一項の目的を以て其の目的たる事項の實行を煽動したる者は七年以下の懲役又は禁錮に處す
 第四條 第一條第一項の目的を以て騒擾、暴行其の他生命、身體又は財産に害を加ふへき犯罪を煽動したる者は十年以下の懲役又は禁錮に處す
 第五條 第一條第一項及前三條の罪を犯さしむることを目的として金品その他の財産上の利益を供與し又は其の申込若は約束を為したる者は五年以下の懲役又は禁錮に處す情を知りて供與を受け又は其の要求若は約束を爲したる者亦同じ
 第六條 前五條の罪を犯したる者自首したるときは其の刑を減輕又は免除す
 第七條 本法は何人を問はす本法施行區域外に於いて罪を犯したる者に亦之を適用す
    附 則
 大正十二年勅令第四百三號は之を廢止す
  〔國務大臣若槻禮次郎君登壇〕
○國務大臣(若槻禮次郎君) 我國に於きまして、無政府主義者、共産主義者その他の者の運動が近年著しく發展を見るに至りまして、殊に露國、獨逸の革命に關する過激なる情報は一部の者を刺戟致しまして、其運動を一層深刻に導きたる感があります、續いて其一部の者は外國の同志と通謀し、又は海外より資金を仰ぎ、過激なる運動を計畫實行せんとする者があります、運動自體も組織的且つ大規模に行はれんとする所の状況に在ります、而して最近各種の社會運動も漸次幟ならんとするの状況に在りますのを奇貨と致して、是等に對しても危險なる思想行動を鼓吹し、以て運動を悪化せしめ、又は社會主義的過激運動と提携しむるやうに努めつゝあるやうな次第であります、加之日露の國交も早晩囘復を見るに至ることと存じますが、其結果は彼我の来往頻繁となり、過激運動者は各種の機會を得るに至ることであらうと思はれます、要するに各種の社會運動は漸を追うて旺盛となることであらうと思はれまするし、此の間過激なる思想を有する者等が帝國の治安を紊るの目的を以て不穏なる行動に出づるの傾向は、益々増加すべきものと認むるの外ないのであります、然るに是等の行動に對する取締法規としては刑法、治安警察法、新聞紙法、出版法等が存して居りますけれども、其規定が不十分にして、縷々危険なる行動を全く取締り得ざる場合がありますのみならず、其の刑罰を適用し得る場合と雖も概ね輕きに失しまして、罰則を賭して不穏なる行動を敢行せしむるの結果となり、爲に取締の實を擧ぐることを得ざるの憾がないではありませぬ、以上の理由に依りまして本法案を立案した次第でありますが、法案の内容は、萬世一系の皇室を奉戴して居る、帝國の此國體を變革しやうとするやうな事柄、又明治大帝の大御心によって創定せられたる、我が立憲政體を變革して、議會否認を爲すと云ふやうな事をせんとするやうな事柄、又は私有財産制度を根本から否認して共産主義を行はんとするが如き、我が國家組織の大綱を破壞せんとするが如き、不法なる結社――其謀議と煽動及敍上の犯罪を醸成すべき目的に出でたる金品利益の授受を禁じて、現今の過激なる社會的運動中に存する、最も重大なる危險と弊害とを尠からしむると同時に、一般社會を戒め、不穏なる行動に出づるが如き事を豫防せんとするのが本案の趣旨であるのであります、願くば愼重に御審議の上、本案に御協賛を與へられんことを切に希望致します
○議長(粕谷義三君) 本案に對しては多數の質問通告があります、順次之を許します――星島二郎君
  〔星島二郎君登壇〕
○星島二郎君 諸君、吾々は現政府を信任致して居る一人であります、普通選擧を斷行せんとし、貴族院改革を致さんとする現政府を支持致している一人であります、然るに其與黨に屬する私共が突如此法案に、而も反對の意志を以て質疑をしなければならぬと云ふことは、洵に遺憾至極に存ずる次第であります(拍手)私は今日の此法案に對して澤山の質疑を致される方がありまするから、極めて自分の問ひたいと思ふ要點だけを伺って見たいと思ふのであります、第一に本法を提出する根本の意志、而して現在政府が此日本の社會に對する一種の思想政策をどう云ふ風に一體考へて居られるか、どんな風に一體せられんとするのか、此根本に私は疑點を持って居るのであります、近時成程表面から見ますると云ふと、如何にも思想は動揺致して居る、色々な社會現象は不安である、併し私は發達する所の國家は常に動揺するものであらうと思ふのであります(拍手)其動搖の根源により以上向上したと云ふ若し意思があるならば、其動搖は寧ろ歓迎致して宜しいと思ふのであります(拍手)死せる平和は望まない、月の如き世界は御互いが望まない普通選擧の思想にも、貴族院の問題にも、婦人の參政権も、奴隷制度を否認する此公娼制度の廢止案も、有ゆる意味に於きまして其根源をもっと立派なる社會にしたい、もっとより良き人間らしき生活を營みたいと云ふ根柢があるから、普選が少々騒がしくも貴族院改革が少々激烈になりましても、其事態は御互が歡迎せんなければならぬのであります(拍手)常に壓迫政策を執って居る國は亡んで居る、衰へて居る、露西亞の「ピーターニコラス」はどうであった、獨逸の「ビスマルク」はどう云ふ政策を執った、獨逸の最後はどうである、今内務大臣の例示された露西亞獨逸はどうして亡んだかと云ふ根本に至りますれば、彼等が極端に壓迫政策を執ったから今日の状態になったのであるまいか、私はさう云ふ意味に於きまして、若し日本が歐米の例を採るならば、英吉利の如き、亞米利加の如き、實に此自由を極端までやるが宜しい、英國には現に共産党がある、此間も実に英國に三百人四百人の共産黨が出來ても、それが為に英國の國體はびくともするのでないと云ふことを現當局者が言うて居るではないか、私は日本政府の當局者がさう云ふ風な度胸であって欲しいのである、亞米利加は普通選擧を施行して相當年月が經って居る、亞米利加は極端に自由である、其亞米利加の自由の中に今日社會黨は一向諸君振はないではないか、それは自由であるから宜しいのである、鬱憤が晴らせるから宜しいので、露西亞や獨逸のやうにこれを壓迫したら、却て反撥的に斯う云ふ國體が醸成されるのであります、私は一體日本は今日の佛教がやって來た、儒教がやって來たそれ等の佛教や儒教の其思想の根源に至れば、随分日本の國體や政體にも合致しないものがあるかも知れぬけれども、之を十分消化し盡した御互尊い光榮ある歴史を持って居るのである(ヒヤ\/)政府はもう少し日本國民を信頼して宜しい、私はさう云ふ意味合から日本が此光榮ある歴史を持ち、殊に明治大帝の大御心に基いて、明治の改革以來今日の所謂立憲政治が布かれたのであります、立憲政治とは何か、言論の自由是は最も重要なるものであります、集會結社の自由、是は最も自由なるものであります、御互が既に經驗し光榮ある歴史を持ちながら、今此大正の御代に將に普通選擧を施行せられ、貴族院も改革せられんとする際に、何故そんなに慌てて、さうして之を取締るやうな法規を必要とするか、私は只今の大臣の説明では十分に受取られないのであります、政府は此日本の光榮ある歴史を信じ、日本の國民を信頼して、もっと自由に、斯う云ふ法案を出さないで、自由なる此立憲政治の根本に復って、思想政策の樹立の上に一體如何なる考を持って居られるのであるか、其根本を承りたいのであります、
(中略)
第一は第一條にあります所の「國體」と云ふ文字、日本の國民に國體の變革、斯う云ふことを望む者は一人もあるとは信じない、併し假にあるとしますれば、それは今日の刑法では取締られざるや、また「國體」と云ふ文字が所謂法文に現れんとするのは是が初めてだが「國體」と云ふ文字に付ては、今日大學の教授にすら色々の議論があるが、政府は一體之をどう云ふ風に解釋されるのか、具體的な説明をして欲しい、現に彼の美濃部、上杉兩博士の憲法論争に、國體と政府とは區別無しと言ったではないか、今日尚疑義ある文字を使ふのは如何である第二は「政體と云ふ文字であります、政體の變革は狭く解釋しますれば是は立憲政体、所謂民選制度に依る所の今日の議會制度の變革と云ふことになるのでありませう、けれども之を廣義に解釈しますれば、樞密院が法制局のやうにやかましい、あんなものは廢してしまへと云ふことは、是は即ち政體の變革である、貴族院を廃すべしと云ふ若し此運動をせんが爲に結社を造る、言論をする、是即ち政體の變革である、是が政體の變革でないと云ふことは、どんなに説明しましても、此二字だけを以ては到底それは説明をし切れない、若し斯う云う法案が通過しまして、是が司法當局の手に移ったる場合に於きまして、廣い意味に解釋され、若し貴族院の改革運動、或は樞密院を廢止すべしと云ふやうなことが此法案に觸れまして、十年もやられると云ふことは、是は實に由々しき日本の立憲政治を毒するものであって、御互が未だ立憲政治を布きまして漸く三十有餘年、日本の國體も変らない、日本の國體を基礎として、もっとより良き政體を造りたいと云ふことは、是は人間が進化する、社會が進化する原則でなければならぬ、それをも止めてしまふと云ふことは、是は所謂非常な非立憲なる文字であって、此點に關する明かなる御説明を願ひたいと思ふのであります、成る程普通選擧を斷行し、貴族院改革をやらんとするやうな内閣がある場合、此立法の趣旨が十分徹底したる場合に於ては、まさか斯う云ふ法案が通過しましても、如何に没暁漢の裁判官でも、貴族院の廢止、樞密院廢止論を以て、十年に罰するやうな者は無いかも知れないが、併し此内閣が秩って、反動内閣が天下を取りまして、此條文を楯に取って若し言論を壓迫し、結社を壓迫するならば――私が假に當局者となってやるならば此法案の一條で以て、日本の大部分の結社を踏潰すことが出來る、若し普通選擧が布かれた後に於きまして、無産政黨が出来るならば、之を解散し之をふん縛ることも出來るのであります、だから斯う云ふ茫漠たる文字を書かれると云ふことは最も遺憾であります、内務大臣は之に対して如何なる考を持って居られるか、第三に所謂「私有財産の制度」と云ふ文字であります、是も先程來既に度々論議されまして、有志の會見に於きまして大臣も御説明でありましたが、鐵道國有を斷行した日本の政治、土地國有論のやかましい今日、電力國有のやかましい今日、此國有と云ふものが此私有財産制に反したる制であり、共産と云ふ言葉には當たらないけれども、其思想の根本に於ては、それと同じ所の意味であると云ふことは、是は學説上否まれないと思ふのであります、


(中略)

○國務大臣(若槻禮次郎君) 星島君の御質問の第一點であります所の人類の向上を圖るに付ては、思索の自由を許して置かぬければならぬと云ふ御議論に對しては、私も全然同感であります、而して現内閣は思想の研究について、壓迫的方針を採って居るや否やと云ふ御質問に對しては、決して左樣な考えはありませぬ、言論文章の自由は何所までも害せないやうにせぬければならぬと云ふのは、現内閣の心懸けて居る所であります(ヒヤ\/)唯、併し是には一定の制限があります、國體を破壞しても、經済組織の根本を破壞しても、言論文章は自由であると云ふことでは國家の治安を保つことは出來ませぬ(拍手)、それであります故に言論文章の自由は何所までも尊重致しますけれども、其害毒最も甚しきものは取締まって置かなければならぬと云ふのが、今日此治安維持法を提出した所以であります、
(中略)

○安藤正純君 私が此法案に付きまして質問を致したいと思ひまする、其一斑は、星島君の質問に依りまして、内務大臣の御答によって解することを得ましたから其點は略しまして、尚ほ私の不明に思ふ点を簡単に御尋を致したいと思ふのであります、治安維持法を政府が提出をせられたい云ふことは、共産主義、竝に無政府主義を防遏すると云ふ其精神から出たと云ふ今の内務大臣の御答辯であります、此國家の爲に害毒を流す所の此兩主義を防遏するが爲に、國家の前途を思ふ其精神に至っては勿論私も同感であります、併ながら之を防遏すると云ふことに對しまして、斯の如き法律を嚴行すると云ふことが果して有利であるか有利でないかと云ふことは、大に攻究すべき問題ではないかと思ふのであります、先年過激運動取締法案が議會に提出をせられました時に、是は時代錯誤の法律案として非常に不評判であった、遂に會期が參りまして、審議未了に終りましたが、此治安維持法も思想の系統から言ひますると、やはり此思想の系統を辿るものであらうと思ふ、尤も前の法案よりは餘程緩和せられて居りまするが、思想の系統は同じであると思ふのであります、殊に此議會に於きまして豫算總会に於て、新聞紙法の問題を私が御尋ね致しました時に、若槻内務大臣は新聞紙法も今日の如きでは自由を束縛し過ぎて居るから、此點に向って改正するの意がある、内務省も目下是を調べて居る、但し此議會に提出することが間に合うかどうかと云ふことは問題であるが、政府も改正には意があると云ふことを言明せられて居ります、
(中略)
最後にもう一つ御尋して置きたい事は、政體の變革と云ふことでる、どうしても此法律を作らなければならぬと、斯う云ふことに政府が御認になった時には、政體の變革と云ふことには非常な疑義があります、随分廣く解釋が出來る、而して言論に從事して居りまする――單り勞働運動者ばかりではありませぬ、多くの言論に從事をして居る者、新聞に從事をして居る者の如きは、是が爲に却て累を及ぼす者が多く起って來はしないかと云ふことも考へて置かなければならない、そこでどうしても此法律を制定しなければならぬとすれば、此政體の變革とか、或は私有財産の否定をするとか云ふことを、もっと明確に一々具體的に――一つ何、一つ何と列擧主義に、一々具體的に列擧すると云ふ御考はありませぬか、如何でありますか、此三點に付て御尋を致して置きたいと思ふのでございます(拍手)
○國務大臣(若槻禮次郎君) 過日安藤君が豫算總會に於て新聞紙法改正の意志あるや否やと云ふことを御尋になりました、(中略)
先程も大體の説明を申上げるときに申上げて置き、竝に星島君に御答えする時にも申上げて置きました通り、此法案は最も極端なる者を取締らうと云ふのであります、最も國家社會に害毒のある者を取締らうと云ふのであります、其事柄と新聞紙法の若干改正を行ふと云ふことは、思想の上に於て何等牴觸することの無い事柄と私は信じて居ります
(答弁の強調は引用者、参考『帝國議會 衆議院議事速記録45 第五〇回議会上 大正一三年』1982年、東京大学出版会、9450円、ISBN4-13-094895-4。『現代史資料45 治安維持法』1973年、みすず書房、奥平康弘解説。オンデマンド版2004年10月、13650円、ISBN4-622-06145-7)


管理人 K・MURASAME       

6月10日 1時20分       

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